ラッピング列車が増えた本当の理由を、地域づくりの側から考える

はじめまして、望月律子と申します。

埼玉県川越市で、旅と交通まわりの記事を書いているライターです。
その前は地元の旅行代理店に19年おりまして、団体旅行の行程手配と添乗を担当していました。
時刻表を仕事道具として読み込んできた人間、と言えば伝わりやすいでしょうか。

さて、ここ数年、ホームに立っているとキャラクターや風景写真で覆われた電車が入ってくる回数が、明らかに増えたと感じています。
最初は「賑やかになったな」くらいの受け止め方でした。
けれど旅行会社時代に地域の観光担当者と何度も打ち合わせをしてきた経験からすると、あれは単なる賑やかしではありません。
かなり切実な判断の結果として、あの車体は塗られています。

この記事では、ラッピング列車がなぜ増えたのかを、鉄道趣味の側ではなく地域づくりと経営の側から整理してみます。
費用は誰が出しているのか、法律上どこまで許されているのか、そして地方の鉄道会社がなぜこの手段を選ぶのか。
数字と公的な資料をたどりながら、順番に見ていきます。

読み終わるころには、次にラッピング列車とすれ違ったとき、その車体の裏側にある事情が少しだけ見えるようになるはずです。

そもそも、ラッピング列車は本当に増えているのでしょうか

「増えた気がする」は、たいてい思い込みです。
旅行会社時代、上司から「印象で喋るな、件数で喋れ」と言われ続けたので、この癖が抜けません。
なので、まず本当に増えているのかを確認するところから始めました。

一人のファンが拾い続けているニュースのログが、体感を裏付けてくれます

全国のラッピング列車を網羅した公的な統計は、私が探した限りでは存在しません。
運行期間が数か月で終わるものも多く、そもそも数えにくい対象なのだと思います。

そこで役に立つのが、鉄道ニュースを継続的に記録している個人の発信です。
私がときどき参照しているものの一つに、鉄道ファン歴20年以上という浜西慎一さんが鉄道ニュースをまとめているブログがあります。
新型車両のデビューから駅設備の更新まで淡々と拾っている方なのですが、その記事一覧を並べて眺めると、ラッピングやコラボ列車の話題が占める割合の高さに驚きます。

サンリオキャラクターとの車両、亀田製菓とのコラボ車両、東北新幹線のディズニー装飾、水戸岡鋭治氏デザインによる都電のリニューアル。
数か月分をさかのぼるだけで、これだけの種類が出てきます。
一人の愛好家が趣味の範囲で拾い集めた記録がこの密度になるということ自体が、実際の運行数の多さを物語っていると思います。

「ラッピング」と一括りにできないほど、目的がバラバラです

もう一つ気づいたことがあります。
それらは見た目こそ似ていますが、走らせている理由がまったく違うということです。

  • 企業が商品を宣伝するために費用を出しているもの
  • 自治体が観光PRのために企画したもの
  • 鉄道会社が周年記念として自主的に行ったもの
  • ファンからお金を集めて実現したもの
  • 芸術祭やイベントとのタイアップとして生まれたもの

同じ「ラッピング列車」という言葉で語られていても、お金の流れも、成功の基準も、期待されている効果もまるで別物です。
ここを分けずに議論すると、話が噛み合いません。
以下では、この違いを軸に整理していきます。

車体に絵を描くのは、実はそれほど自由ではありません

意外に知られていないのですが、鉄道車両やバスの外側に広告を出すことには、きちんとしたルールがあります。
「鉄道会社が好きにやっている」わけではないのです。

面積の線引きは、条例で決まっています

東京都を例に取ります。
東京都屋外広告物条例施行規則では、車体を使った広告の表示面積に上限が設けられています。

規則の別表によると、電車(路面電車を除く)の場合、車体の一つの外面に表示する広告物等の面積の合計は、その外面の面積の10分の1以下が原則です。
一定の要件を満たす広告については10分の3以下まで認められます。
路面電車や路線バスについては、車体底部を除く全表面積の10分の3以下という基準です。

つまり、車体全面をびっしり広告で覆うことは、少なくとも東京都内では原則としてできません。
私たちが「全面ラッピング」と呼んでいるものの多くは、広告ではなく鉄道会社自身の装飾や、観光PRとしてのデザインという扱いになっているケースが含まれます。
このあたりの線引きは、東京都屋外広告物条例施行規則の別表に具体的な数値として書かれていますので、興味のある方は一度目を通してみてください。
条文は堅いですが、面積の話だけなら読み切れます。

デザインは、業界の自主審査を通っています

面積の基準を満たしていれば何を描いてもいい、というわけでもありません。

公益社団法人東京屋外広告協会は、東京都屋外広告物条例に基づき、都内を走るバス・電車・タクシー・広告宣伝車などの車体利用広告について、デザインの自主審査を行っています。
同協会によれば、この審査は2000年の開始以降続けられており、審査件数は2023年3月時点で7,200件を超えているとのことです。

行政の許可基準だけでは、都市景観との調和といったデザイン面の判断に限界がある。
だから景観やデザインの専門家を交えた委員会をつくり、業界として自主的に基準を設けた。
そういう経緯だと説明されています。
詳しくは同協会の車体利用広告デザイン審査のページで確認できます。

私はこの「7,200件超」という数字に、率直に言って考えを改めさせられました。
街を走る派手な車体を見て眉をひそめる声があるのは知っています。
ただ、少なくとも東京では、その一台一台が誰かの審査を通って走っているわけです。

なお、ラッピングの起源については諸説あり、2000年に東京都交通局の路線バスで始まったという説明が広く流通していますが、1964年に長崎の路面電車で実施されていたという指摘もあります。
どこを「始まり」と見るかは資料によって揺れがありますので、この記事では断定を避けておきます。

お金の出どころで、ラッピング列車は3つに分かれます

さて、ここからが本題です。
あの車体は、誰が費用を負担しているのでしょうか。

私の見るところ、大きく3つのパターンがあります。

広告主が出す「走る広告塔」型

首都圏の大手路線で見かける企業広告のラッピングは、広告主が費用を負担しています。
そして、この費用は決して安くありません。

広告取扱会社が公表している料金の例を挙げると、JR東日本の山手線では、車体広告1編成を2週間掲出して600万円という水準です。
4週間なら800万円、12週間なら1,600万円といった料金が示されています。
京浜東北線や埼京線の10両編成でも、4週間で400万円前後という規模です。
これらの金額には印刷加工費や施工費、通過する自治体への申請費、屋外広告協会の審査料が含まれるとされています。

これはもう、完全に広告媒体としての取引です。
何百万人が毎日目にする巨大な移動看板に、それだけの値段がついている。
地域づくりとは別の世界の話だと考えたほうが理解しやすいと思います。

自治体や地域が出す「地域PR」型

一方、地方に目を向けると、事情はがらりと変わります。

ある鉄道情報メディアの記事によれば、車両全体(屋根や床下部分を除く)をラッピングする費用は、1両あたり百数十万円以上というのが相場だそうです。
編成が短い路面電車などであれば、費用はさらに身近になります。

山手線の1編成2週間で600万円と、地方の1両で百数十万円。
この桁の違いが、地方でラッピングが選ばれる理由の一つです。
観光振興の予算として考えたとき、百数十万円というのは決して手が届かない金額ではありません。
私が旅行会社にいたころ、自治体の観光課が単発のイベントに使う予算感と、そう遠くない水準です。

乗る人とファンが出す「参加」型

3つ目が、ここ数年で目立ってきたやり方です。
クラウドファンディングで費用を集める方法です。

たとえば富山地方鉄道の富山港線20周年記念ラッピング電車は、2026年4月29日から6月30日にかけて資金を募り、目標100万円に対して124万7,000円を集めて成立しました。
集めた資金の使途は、1編成分のラッピング費用と記念グッズの制作費とされています。

私が興味深いと思ったのは、支援者へのリターンの中身です。
感謝メール、運転士が使う行路表、硬券のセット、市内電車の貸切、そしてラッピング作業そのものの見学・体験。
つまり、お金を出した人が「自分が関わった電車」として、その車両を見られるようになっている。
広告としての効果を売っているのではなく、参加の体験を売っているわけです。

3つのパターンを整理すると、次のようになります。

費用の出し手費用規模の目安主な目的成功の測り方
走る広告塔型企業(広告主)山手線1編成2週間で600万円程度商品・ブランドの認知広告効果、接触人数
地域PR型自治体、観光団体、鉄道会社1両あたり百数十万円以上観光誘客、地域の話題づくり来訪者数、メディア露出
参加型ファン、沿線住民100万円前後を目標に募ることが多い記念、路線の存続応援支援者数、関係人口の増加

同じ車体でも、評価の物差しがまったく違うことがお分かりいただけると思います。

地方でラッピングが選ばれる理由は、地域鉄道の数字に表れています

ここで、地方鉄道の経営状況を確認しておきます。
ラッピング列車が増えた背景を理解するうえで、避けて通れない部分です。

国土交通省がまとめている「地域鉄道の現状」という資料に、まとまったデータがあります。

98社のうち、鉄軌道事業が黒字なのは21社

同資料によると、地域鉄道事業者は令和7年4月1日現在で98社あります。
そのうち令和5年度の鉄軌道事業の経常収支を見ると、集計対象96社中、赤字が74事業者で78%、黒字は21事業者で22%です。

参考までに、令和元年度は赤字が85事業者で83%でした。
つまり赤字の割合そのものは、わずかながら改善しています。

ここは正確に書いておきたいところです。
「赤字が増えたからラッピングに走った」という説明を目にすることがありますが、統計上はそうなっていません。
問題はもっと構造的な部分にあります。

車両もトンネルも橋も、同時に歳を取っています

同じ資料の中で、私がいちばん重く受け止めたのは輸送人員と設備の数字です。

  • 輸送人員は、ピークの平成3年度からコロナ禍前の令和元年度にかけて約22%減少している
  • 令和5年度は、令和元年度と比べてさらに約11%減少している
  • 鉄軌道部門の社員数は、昭和62年度から約30%減少している
  • 令和5年度末時点で、車齢51年以上の車両が710両あり、全体の31%を占める
  • トンネルの約44%が耐用年数(60年)を超えている
  • 橋りょうに至っては、約82%が耐用年数(40年)を超えている

橋の8割が耐用年数超え、という数字を最初に見たとき、私は資料を読み直しました。
国交省はこの状況について、老朽化が進んで安全設備更新の資金負担が事業継続のネックになっており、安全性向上やバリアフリーなど新たなニーズへの対応が困難だと指摘しています。
元の資料は国土交通省の地域鉄道対策のページから確認できます。

新車を入れられないなら、今ある車両に価値を足すしかない

この数字を並べて眺めると、地方でラッピングが選ばれる理由が見えてきます。

新しい車両を1両導入するには、億単位の資金が必要です。
橋やトンネルの更新にも同じように大きな費用がかかります。
けれど、乗客は長期的に減り続けていて、収支は厳しい。

そうした状況の中で、既存の車両にフィルムを貼るという手段は、百数十万円という桁で「新しい価値」を生み出せます。
車両そのものは何も変わっていません。
それでも、写真を撮りに来る人が現れ、地元のニュースで取り上げられ、沿線の人が「うちの電車が変わった」と話題にする。

これは苦肉の策でしょうか。
確かにそういう側面はあります。
ただ私は、限られた資源の中で最大の効果を出そうとする、合理的な判断だと考えています。
旅行会社時代、予算がないなかで何とか集客の材料をひねり出そうとしていた地域の担当者の顔が浮かぶからです。

地域づくりの側から見た「うまくいくラッピング」の条件

とはいえ、ラッピングをすれば地域が潤うという単純な話ではありません。
19年間、旅行の商品をつくる側にいた立場から言うと、効果が出るものと出ないものの差ははっきりしています。

まず、実際の事例を比べてみます

近年の代表的な取り組みを、目的別に並べてみます。

事業者内容時期ねらい
IGRいわて銀河鉄道二戸市の漆掻き技術や一戸町の御所野遺跡をモチーフにした「漆」&「縄文」県北ラッピング列車継続運行二戸地域への誘客促進と鉄道利用の促進
WILLER TRAINS(京都丹後鉄道)宮津線100周年記念リバイバル列車「みやづ号」。国鉄急行型をイメージした配色2025年2月1日〜宮津線開業100周年の記念、記念きっぷとの連動
相鉄グループ21000系「相鉄で行こう!」ラッピングトレイン2026年5月20日〜2027年9月予定GREEN×EXPO 2027のプロモーション
JR九州883系「W@NDER ART EXPRESS」。大分県出身の作家によるデザイン2025年9月27日〜12月頃大分市主催の芸術祭とのタイアップ
富山地方鉄道富山港線20周年記念ラッピング電車2026年(CFは4月〜6月)20周年記念、ファンからの資金調達

こうして並べると、共通点が浮かび上がります。
どれもラッピング単体で完結していません。
記念きっぷ、芸術祭、博覧会、地域の伝統技術。
必ず、車体の外側に本体となる出来事があります。

条件1:ラッピングの外側に、降りる理由があるか

これが最も大事だと思っています。

ラッピング列車は、それ自体では「乗って終わり」です。
撮影して帰る人も多い。
地域にお金が落ちるのは、その人が駅で降りて、何かを見て、何かを食べたときです。

IGRいわて銀河鉄道の事例が優れているのは、漆や縄文遺跡という、実際に訪ねられる対象がデザインの元になっている点です。
車体がそのまま「ここに何があるか」の案内になっています。
IGRいわて銀河鉄道の公式サイトには、沿線から募集したイラストを使ったつり革の取り組みなども紹介されていて、地域との接点づくりに継続的に取り組んでいることが分かります。

反対に、キャラクターだけが走っていて、そのキャラクターと地域に何の関係もない場合。
話題にはなりますが、地域にお金は落ちにくい構造です。

条件2:走る期間が、旅行の計画期間と噛み合っているか

旅行会社にいたころ、いちばん困ったのがこれです。

「来月からラッピング列車を走らせます」と言われても、団体旅行の商品はとっくに固まっています。
逆に「1年間走ります」と言われれば、パンフレットに載せられる。

京都丹後鉄道の「みやづ号」が記念きっぷとセットで展開されたように、期間と関連商品を最初から組み合わせておくと、旅行を扱う側は動きやすくなります。
京都府も府の公式サイトで宮津線100周年の取り組みを紹介していて、行政と鉄道会社が同じ時間軸で動いていることが分かります。

相鉄グループの事例も同様で、2027年の国際園芸博覧会に向けて、開催300日前から1年以上にわたって走らせる計画です。
相鉄グループのプレスリリースを読むと、運行期間が明確に示されています。
この長さなら、旅行商品にも組み込めますし、沿線の人の記憶にも定着します。

条件3:地元の人が先に喜んでいるか

これは数字にしづらいのですが、経験上とても大きい要素です。

観光客に来てもらうためのラッピングなのに、地元の人が「派手になっただけ」と冷めている。
そういうケースを何度か見てきました。
逆に、地元の高校生がデザインに関わっていたり、沿線の子どもの絵が使われていたりすると、その家族が写真を撮り、SNSに載せ、親戚に話す。
最初の伝播が地元から起きます。

富山地方鉄道のクラウドファンディングで、ラッピング作業の見学・体験がリターンに含まれていたことを先ほど紹介しました。
あれは資金集めの手段であると同時に、当事者を増やす仕掛けだと私は受け取っています。

観光の分野では、地域が主体的に観光地づくりを進める組織として、観光地域づくり法人(DMO)の制度があります。
観光庁によれば、令和8年4月1日現在で、広域連携DMO10法人、都道府県DMO38法人、地域DMO280法人の合計328法人が登録されています。
制度の詳細は観光庁の観光地域づくり法人(DMO)とはに説明があります。

つまり、鉄道会社が単独で頑張らなくてもいい体制は、全国に整いつつあるということです。
ラッピング列車がうまく機能している地域は、たいていこうした受け皿と連携しています。

それでも、批判の声には向き合う必要があります

最後に、否定的な意見にも触れておきます。

ラッピングをめぐっては、景観の観点から批判や指摘が出てきた経緯があります。
実際、金沢市はラッピングバスについて、景観への影響を考慮したガイドラインを策定しています。
東京屋外広告協会が専門家によるデザイン審査の仕組みをつくったのも、行政の許可基準だけでは景観面の判断に限界があるという認識からでした。

美しい街並みの中に、蛍光色の広告車両が入ってくる。
それを不快に感じる人がいるのは、当然のことだと思います。

私自身、ローカル線に乗りに行って、その路線の元の塗装が見たかったのに全面ラッピング車両が来た、という経験はあります。
少し残念な気持ちになったことも、正直に書いておきます。

ただ、車体が塗られている背景に、橋の8割が耐用年数を超えているという現実があると知ってからは、受け止め方が変わりました。
その路線が明日も走っていることのほうが、塗装の好みより先に来る。
今はそう考えています。

批判が意味を持つのは、「ラッピング自体をやめろ」ではなく、「地域にとって意味のあるラッピングをしてほしい」という形で出されたときだと思います。
デザイン審査やガイドラインは、まさにそのための仕組みです。

まとめ

長くなりましたので、要点を整理します。

  • ラッピング列車は増えているが、目的も費用の出し手もバラバラで、一括りにはできない
  • 車体広告には条例上の面積基準があり、東京では業界による自主的なデザイン審査も行われている
  • 費用は「広告主が出す型」「自治体・地域が出す型」「ファンが出す参加型」の3つに大別できる
  • 首都圏の車体広告は1編成2週間で600万円規模だが、地方の車両は1両百数十万円が相場とされ、この桁の違いが地方での普及を支えている
  • 地域鉄道98社のうち黒字は21社、輸送人員はピークから約22%減、橋りょうの約82%が耐用年数超え。新車を入れられない中で既存車両に価値を足す手段として選ばれている
  • 効果が出るのは、ラッピングの外側に降りる理由があり、期間が旅行の計画に噛み合い、地元が先に喜んでいる場合

次にラッピング列車を見かけたら、少しだけ想像してみてください。
あの車体は誰がお金を出したのか。
どこかに降りてほしい場所があるのか。
そして、その路線はあと何年、あの橋を渡り続けられるのか。

見え方が変わると、旅の行き先も変わります。
私は今月も、終着駅のある路線に一人で出かけるつもりです。
できれば、ラッピングされた車両に当たってほしいと思いながら。